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東京高等裁判所 昭和34年(う)1670号 判決 1960年5月31日

被告人 諏訪部三千男

弁護人 桝井雅生

検察官 山口鉄四郎

主文

原判決を破棄する

被告人を禁錮六月に処する。

原審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人桝井雅生提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

論旨第一点について。

原判決は論旨摘録の如く判示第一として朴順泰、永井佳美に対する各業務上過失傷害及び永井碧に対する同致死の事実を(右は一所為数法の関係があるので重い業務上過失致死罪の刑によるとしている。)第二として酩酊運転による無謀操縦の事実を各認定し、右第一及び第二の罪を刑法第四十五条前段の併合罪として処断していることは所論のとおりである。論旨は判示第一の各業務上過失致傷及び同致死の犯罪は判示第二の酩酊運転による無謀操縦の罪と競合一体をなして発生したもので、法律上いわゆる一個の行為にして二個の罪名に触れる場合に該当するから、刑法第五十四条第一項前段により一罪として処断すべきに拘らず、原判決が判示第一及び第二の罪を同法第四十五条前段の併合罪として処断したのは法令の適用を誤つたものであると主張する。よつて按ずるに原判決の確定した第一及び第二の事実は論旨摘録のとおりであつて、即ち被告人は普通貨物自動車を運転する途中飲食店に立寄り一時間余に亘りビール、酒等を飲み酩酊し、そのままでは前方を注視することもハンドルを確実に操作することもできない状態に至つたのであるが、かかる場合自動車運転者としては、酔がさめて正常な運転ができるようになるまで運転を中止し、以て事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らず、事ここに出でずそのまま前記自動車を運転し時速約四十粁で判示道路上を進行中、漸次酩酊の度を加えたため、前方を自転車に乗つて同一方向に進行中の朴順泰に気付かず、そのまま追突して同人を路上に転倒させ、更にそのまま二百米余進行して判示市の坪二百四十番地先路上にさしかかつた際、前方を自転車に二人乗して同一方向に進行中の永井佳美及び永井碧に気付かず、そのまま追突して同人等を路上に転倒させ、因て右三名に対しそれぞれ判示のように死傷の結果を与えたものであるがその間前記の如く酔余正常な運転ができない虞があるに拘らず、前記自動車を事故現場まで運転して無謀な操縦をしたというのであつて、本件業務上過失致死傷罪における過失の内容は、要するに自動車運転の業務に従事していた被告人が普通貨物自動車を運転する途中、飲食店に立寄り、ビール、酒等を飲んだため、酒に酔い正常な運転ができない虞があつたのに拘らず、酔がさめて正常な運転ができるまで運転を中止して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務に違反して自動車を酩酊運転したこと自体であつて、換言すれば被告人が酩酊して本件自動車を運転したこと即ち本件無謀操縦そのものが本件過失の内容をなしているのである。

してみれば被告人の右一個の無謀操縦は右各業務上過失致死傷とはそれぞれ想像的競合の関係にあり、刑法第五十四条第一項前段第十条により一罪として処断すべきものである。然るに原判決がこれを刑法第四十五条前段の併合罪であるとして処断したのは法令の解釈及び適用を誤つたもので、その誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により更に次のように判決する。

原判決が適法に確定した事実に法律を適用すると、被告人の判示第一及び第二の所為中無謀操縦の点は道路交通取締法第七条第一項第二項第三号、第二十八条第一号に、朴順泰に対する業務上過失傷害、永井佳美及び永井碧に対する業務上過失致死同傷害の点はそれぞれ刑法第二百十一条前段罰金等臨時措置法第三条に各該当するところ、右無謀操縦と朴順泰に対する業務上過失傷害、右無謀操縦と永井佳美及び永井碧に対する業務上過失致死同傷害とはそれぞれ一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法第五十四条第一項前段第十条により結局重い永井碧に対する業務上過失致死罪の刑に従い処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、第三の所為は道路交通取締法第二十四条第一項、第二十八条第一号、同法施行令第六十七条第一項第二項に該当するので懲役刑を選択し、なお被告人には原判決の認定した前科があるので刑法第五十六条第一項第五十七条により判示第三の罪の刑に累犯の加重をなし、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条但書第十条によりその重い業務上過失致死罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を禁錮六月に処し、原審の訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い、これを被告人に負担させることとし主文のおとり判決する。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 岩田誠 判事 渡辺辰吉 判事 司波実)

弁護人の控訴趣意

第一点原判決は法令の適用に誤がありその誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原判決に依れば判示第一に「普通貨物自動車を運転する途中飲食店に立寄り一時間余に亘り「ビール、酒等を飲み酩酊しそのままでは前方を注視することもハンドルを確実に操作することもできない状態に至つたのであるが、かかる場合自動車運転者としては酔がさめて正常な運転ができるようになるまで運転を中止し以て事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らず事ここに出でずそのまま前記自動車を運転し時速約四十粁で同日午後七時頃川崎市木月住吉町二千五十番地先路上を進行中漸次酩酊の度を加えた為進路前方を自転車に乗つて同一方向に進行中の朴順泰(当三十四年)に気付かずそのまま追突して同人を路上に転倒させ更にそのまま二百米余進行して同市市の坪二百四十番地路上にさしかかつた際前方を自転車に二人乗して同一方向に進行中の永井佳美(当十三年)永井碧(当十九年)に気付かずそのまま追突して同女等を路上に転倒させ云云と判示し判示第二に「右判示の如く酔余正常に運転が出来ない虞があるに拘らず同判示の日時場所において前記自動車を事故現場まで運転し以て無謀な操縦をしと判示している。して見れば右判示第一と同第二の自動車運転行為は前後相継続したる一個の自動車運転行為であつて事故発生に依つてこれを二分して観察し得ない事実のものであることは判文の全趣旨より明認し得べく従つて判示自動車運転行為の全体を通じて道路交通取締法に所謂無謀な操縦に該当すると同時に刑法に定むる業務上過失傷害同致死とを競合一体となつて発生したものであることは疑が無い。然らば原判示第一と第二の各所為は一個の行為にして二個の罪名に触れる場合であるから刑法第五十四条第一項前段第十条により重い業務上過失傷害致死の刑に従い処断あるべきに拘らず原判決は右判示第一、及第二につき同法第四十五条前段の併合罪としたる法律の適用をしたのは明らかに法令の適用を誤つたものでありこの誤は判決に影響を及ぼすものであるから原判決は破棄是正さるべきである。

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